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  3. 農家の湯治宿として愛されてきた巨岩を覆う凄味のある自噴岩風呂 山形県・赤倉温泉
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山形県北東部、清流小国川沿いに、宿が10軒にも満たない小さな温泉街がある。かつては繁忙期が過ぎた農家が湯治場として利用してきたが、ある宿にはいまも大岩のそばからごんごんあふれ出る“奇跡の湯”があった。
赤倉温泉 湯守の宿 三之亟(さんのじょう)
所在地:山形県最上郡最上町大字富沢884
TEL:0233-45-2301
●泉質(三之亟1号源泉):カルシウム・ナトリウム-硫酸塩温泉
●源泉温度:62.3度
●湧出量:不明
●pH:8.1
●日帰り入浴:大人500円、子ども300円/10:00~16:00



天然岩風呂の「深湯」。岩風呂は混浴だが、女性専用時間帯が設けてある


「中湯」越しに巨岩を見る。巨岩の中央に洞窟があり、その先から2号泉が湧く

浴槽中央には3つの間仕切りの槽が。竹筒から湧水が注がれる。奥の階段の先が「高湯」


露天風呂も時間により男女入れ替え


地産地消の手料理。山菜の天ぷらやうこぎの芽のおひたし、最上牛のしゃぶしゃぶ、馬刺しなどが並ぶ


フロント周りにはチェアやこたつがあって居心地がいい


宮城県美里町の小牛田駅から西は山形県新庄市の新庄駅まで、JR東日本の陸羽東線は「奥の細道湯けむりライン」という名称で親しまれている。  

この沿線には川渡温泉、鳴子温泉、中山平温泉、赤倉温泉、瀬見温泉といった湯どころが目白押しで、いわば温泉銀座を走るローカル線といえよう。 

この名称は平成11年(1999)から一般公募によって使用されるようになった。
沿線に並行する国道47号線は、仙台市と酒田市とを結ぶ出羽街道として、奥羽山脈を越える重要な幹線道路になっている。 

かつては松尾芭蕉も、元禄二年(1689)五月に一関から奥州上街道を南下。
現在の国道47号線沿いにある岩出山のあたりで出羽街道に合流し、山形に向かって県境の中山峠を抜けるルートをたどっている。  

国境を守る「封人(ほうじん)の家」に逗留した際、人馬がともに暮らすようすをみて、芭蕉は有名な句を読んでいる。  

「蚤虱(のみしらみ) 馬の尿(ばり)する 枕もと」  

その後、芭蕉一行は現在の赤倉温泉のあたりで小国川を渡り、山賊が出るといわれた山刀伐峠(なたぎりとうげ)を抜けて尾花沢へと下りていった。 

芭蕉や弟子たちの記録をみても、彼らが赤倉温泉に立ち寄ったという記録は残っていないようだ。
封人の家で雨に遭い、数日足止めをくらった一行は、温泉に入る間もなく先を急いでいたのだろうか。

『日本鉱泉誌』(明治19年刊)の赤倉温泉に関する記述では、発見が享保六年辛丑(1721)四月とある。すぐ近くにある日山温泉は文政四年辛巳(1821)。
いずれも泉源が見つかったのはもっと古い可能性があるが、温泉地としては芭蕉が旅したあとに整備されたことになる。

観光協会のホームページをあたると、開湯伝説には、かの有名な慈覚大師圓仁(794-864)が登場する。以下、引用する。
<慈覚大師円仁(794年―864年)が貞観5年(863年、山寺立石寺を開山した3年後)の奥羽地方巡の折に今の赤倉温泉にあたる地域を訪れた。その際、地元の村人が小国川の水で傷を負った馬を癒している姿を見た円仁が、手にした「錫杖(しゃくじょう)」で川底を突くと石の間から薬湯が湧き出たと言われる。

貞観期(859-877)というのは、現代にも符合しそうな恐ろしい時代で、日本は地震などの未曾有の危機に見まわれている。

朝廷にはわずか9歳で清和天皇(850-881)が即位。??????
権力者は外祖父で太政大臣の藤原良房(804-872)。
貞観八年(866)、良房は応天門の放火事件に便乗して、有力豪族の伴(大伴)氏、紀氏を排斥(応天門の変)。藤原氏の中でも極めつけの策謀家だ。
その一方で、立て続けに起きる天変地異に、平安京で震え上がることになるのだ。

貞観三年(861)、筑豊に落下の目撃がある世界最古の直方(のおがた)隕石が落下。
貞観六年~八年(864-866)、富士山噴火(貞観大噴火)。
貞観十一年(869)、陸奥国東方沖でマグニチュード8.3以上の貞観地震と大津波が発生。
貞観十三年(871)、出羽国鳥海山噴火。
貞観十六年(874)、薩摩国開聞岳噴火。  

円通寺(青森・恐山)、瑞巌寺(宮城・松島)、中尊寺(岩手・平泉)、立石寺(山形・山寺)と、圓仁が開山したと伝えられる寺や縁起は東北に集まっている。

新しい宗教が、東北にまで行き渡っていなかったという当時の事情もあるだろう。
だが、各地で民衆の口伝として伝説が残されているという事実は、圓仁がその地に赴いたかどうかにかかわらず、それだけ被災地に心を割いていたことの表れのような気がしてならない。 

赤倉温泉も、圓仁の影響を強く受けている。

今回取り上げる宿も、3.11東日本大地震の際には被災した周辺の人々を受け入れ、温泉の恵みを分かち合ってきた。
というのも、停電や断水していた状況でも、大風呂には絶え間なく、湯底の大岩の隙間から湯が湧き出ていたからだ。 

足下から湯が湧き続ける、奇跡の湯「ぶくぶく自噴泉」。
この湯の存在は、さぞかし多くの人々の心に安らぎと力強さを与えたことだろう。

清流の小国川は、7月1日の解禁日を迎えると、鮎の釣り場としてにぎわいをみせる。

「湯守の宿 三之亟(さんのじょう)」は、温泉街のなかでも川のほとりに近い場所に建っている。  

フロントを入ると、そこは3階。目当ての岩風呂には1階まで階段を下り、廊下の突き当たりをさらに川床に向かって数段下りなくてはならない。

大浴場の扉を開けると、右側には巨大な大岩がせり出していた。
圧倒的な存在感を主張している。
同時に、手前の浴槽の、透明な湯底のマーブル模様が目に入る。
この浴槽が人工物ではなく、自然のありのままの姿で存在していることが、見ただけですぐわかる。

一瞬の放心状態。

この湯小屋は、建物の中に自然を取り入れたのではない。
温泉が自然湧出する大岩のまわりに湯小屋をつくり、年月を経て、結果的にこのような形になったのだ。

ご主人の話では、これは江戸時代に、天然の巨岩をくり抜いてつくった大岩風呂。
太古の昔、このあたりは海の底で、カルデラの端に当たっていた。
細かい砂が降り積もって形成された凝灰岩はやわらかく、浴槽も手掘りでつくられたものだという。

入口に近い浴槽は「深湯」で、最深部は140㎝にもなる。
数百年という時間のなかで自然にえぐれ、湯底の亀裂から湯がじわじわと湧いて出てくる。
奥の浴槽との間には仕切りがあり、奥が「中湯」だ。こちらの深さは110㎝。壁際に暖炉状のアーチがあるのは、かつてそこからも湯が湧き出していた名残りだ。

仕切りの竹筒からは、ふたつの浴槽に絶え間なく湯が注がれている――。と思いきや、それは冷たい湧水!

深湯、中湯の間の仕切りは3槽になっていて、竹筒のある槽には山から引いた湧水を注ぎ込んでいる。季節により湯の温度が下がらない場合、湧水を注ぎ込むことで適温に調節する。
中央が三之亟1号源泉。槽の中に穴が開いていて、湯底からの湧泉以外にも、左右の浴槽に60度以上の湯を配水している。
そして左端の槽はサブタンクへつながっている。温泉玉子をつくったり、汲み上げて館内暖房に利用される。

大浴場でさらに視線を転じると、右にせり出した巨岩の脇に、深い洞窟があった。
その奥からも2号源泉が湧き出しているという。
まだ列車も走っていなかった時代、ご主人の親父さんが自力で掘った源泉。

そして巨石に沿って階段を上がると、打たせ湯のある「高湯」の浴槽が姿を現す。

湯量といい、雰囲気といい、湧出する温泉の湯力と、それを利用しようとしてきた人智のパワーに圧倒されるばかり。

小国川が増水すると、圧力によって自然湧出の湯の勢いはさえぎられ、渇水すると湯量が多くなる。
それもまた、自然だからこその営みの証明。

「雨や雪、気温によって、うちの温泉は日々顔を変えるんです」

湯治場としての風情を遺しながら、後世にいかにしてこの湯を伝えていくか。

三之亟は幸いなことに、バブル期に団体客を誘致するような、大きな宿泊施設を建設することはなかった。
それがいまとなっては宿の強みとなり、経営が続けられるだけでなく、温泉がもつ湯そのものの魅力を発信しようとしている。

自然湧出の温泉の価値が、いまほど注目される時代はない。
ご主人と話していて、改めて強く思った。

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宮城県側からなら東北自動車道・古川ICより国道47号線を北西へ50㎞、約50分。山形県からは東北中央自動車道・舟形ICから国道47号線を東へ32㎞、約30分。尾花沢市内から県道28号線を東へ22㎞、約25分。
< PROFILE >
長津佳祐
ゴルフや温泉、クルーズ、スローライフを中心に編集・撮影・執筆を手がける。山と溪谷社より共著で『温泉遺産の旅 奇跡の湯 ぶくぶく自噴泉めぐり』を上梓。北海道から九州まで自噴泉の湯船を撮り下ろしで取材した、斬新な切り口の温泉本になっている。
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